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2006年08月28日

◆新羅神社考、新羅神社と新羅明神の謎(三)

◆新羅神社考、新羅神社と新羅明神の謎(三)


◆新羅神社考、新羅神社と新羅明神の謎(三)

 ※出羽弘明氏の『新羅神社考-「新羅神社」への旅』(三井寺のホームページで連載)を紹介する。出羽弘明氏は「新羅神社と新羅明神の謎」について、現地に出向き詳細に調べておられる。そこからは、古代、日本と新羅との深い関係が窺える。内容を要約抜粋し紹介する(新羅明神、白髭明神、比良明神、都怒我阿羅斯等、天日槍、伊奢沙別命、素盞嗚尊、白日神、新羅神など)。

◆◇◆新羅神社考、新羅神社と新羅明神の謎、信濃・木曽・遠州

 長野県下伊那郡阿智村の「安布知(あふち)神社」は、明治時代迄「新羅明神社」であり、祭神は現在も「新羅大明神(須佐之男命)」である。古代の信濃は「壬申の乱」の際には大海人皇子を支援し、美濃の後方部隊として兵力供給を行ったといわれており、いわゆる新羅系渡来人と関係の深い土地であったようだ。

 また、天武天皇(大海人皇子)と縁の深い安曇(あずみ)氏族や尾張氏族、及び古代渡来系の人々の居住地に係る地名が数多く散見する。これは縄文時代~弥生時代の渡来氏族と考えられ、諏訪神社の祭神・建御名方神(天照大御神に対する出雲の国譲りの際に、出雲から信濃の諏訪に逃亡したといわれる神)からも、出雲族が信濃に多く分布していたことを意味する。

 また、長野県下伊那郡駒場村之内曽山に白髯神社(白髭神社)があり、近江からの勧請といわれている。『村誌』によれば「抑々白髯大明神と申し奉るは本国近江の国浅井郡湖水のほとりに鎮座ましまされ候て、一号佐々木大神とも申し奉るに……此の地へ遷し奉候由来は、私の先祖佐々木左近太夫と申す者、元来近江の国細江の庄の住人にて……。元禄年中采女より十二代の孫吉左衛門の代にあたり、当所新羅大明神の神主林杢太夫と申す者申し候は白髯明神の祭礼、其外造営遷宮諸事、この方の指図を請け申す可き旨……。夫より後は、神祭りの砌り湯立等は必ず新羅明神の神主を頼み申候。」とある。

 白髯神社(白髭神社)も一説によればシラギの別称で、新羅神社であるといわれている。岐阜県多治見市にも新羅神社があり、静岡県浜松市にも新羅神社が存在する(※注1)。

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注1)実は、岐阜県には天武天皇(大海人皇子)と関係する神社がある。岐阜県加茂郡七宗町の御佩山(みはぎやま)の頂上近くに鎮座する、神渕(かんぶち)神社だ。この神渕神社は「弥栄(やえ)天王」とも呼ばれ、スサノヲ命(須佐之男命・素盞嗚尊)と、ヤマタノオロチを退治した十拳剣神霊が祀られている。

 神渕神社の社記によると、大海人皇子(のちの天武天皇)が、壬申の乱の時、吉野を出て岐阜県の不破の仮宮に進出した六七二年六月、自ら祀られたと記録されている。なぜ、天武天皇は、壬申の乱に臨んでスサノヲ命(須佐之男命・素盞嗚尊)と神剣(十拳剣神霊)を祀ったのか・・・? 

 天武天皇の心境(心に期する決意)を垣間見る思いである(素盞嗚尊の神剣と天武天皇の関わりについては、もう一つある。朱鳥元年・六八六年、天武天皇の病が重くなったので「戊寅に、天皇の病を卜うに、草薙剣(新羅の僧に盗まれそうになり、その後宮中に置かれていた)に祟れり。即日に、尾張国の熱田社に送り置く(『日本書紀』巻第二十九、天武天皇下、朱鳥元年六月戊寅条)」とある)。

 この地・尾張・美濃地域は、天火明命(ニギハヤヒ命?)の末裔・新羅系の尾張氏たちの勢力圏とされている。その後の天武-持統朝をみると、遣新羅使(遣唐使は約三十年間途絶)、白鳳文化の北朝仏教文化(中国北朝→高句麗→新羅)から、親新羅政権を窺うことが出来る。


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Posted by スサノヲ(スサノオ) at 23:41│Comments(0)スサノヲ(スサノオ)の日本学
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